2016年12月25日

絵の思い


丸木俊さんの絵を頂いた。
丸木美術館には、20歳の頃、野木庵に寝泊まりさせて頂いた。1ヵ月ほど、自然発酵のチーズをつくるための穴を掘っていた。
美術館とふかい関係だった鈴木さんにもずいぶんお世話になり、そのお友達の小林さんからも、今もお世話になっている。
その小林さんから、この絵を頂いたのだった。

丸木さん…美術館の人たちは先生と呼んでいたから、先生と打つべきなのか…丸木夫妻の、絵に込められる思いは一貫しているとおもう。平和、これに尽きるとおもう。
この俊さんの絵は、着物を着たひとりの女性が、半ば横向きに座り、少し腰を浮かせて、灯籠を手に、差し出そうとしているところ。灯籠流しらしいが、川は描かれていない。誰かに捧げようとしているところのようにも見える。この絵を見る人に、捧げようとしているようにも見える…
口元は少し笑っているけれど、その眼は何か怒りのような、恨みのような、いや、穏やかなのだが穏やかでない、決意、というほどの重さはないが、何か意を決した、揺るがないものが感じられる。この女性の眼に、丸木俊さんの思いが、込められているように感じられてならない。
少なくとも、自分は背筋を真っ直ぐにして、この絵と対座せざるをえない。怖い絵であり、祈りの絵である。
だが、自分に入って来るのは、この絵を描いた丸木俊さんの、絵に対する厳しさであり、戦争、死した者、平和、過去から現在に繋がる、この世に対する思いである。

posted by かめ at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

しかし


感謝、と一言で終われれば。

どこかのお坊さんは、1日中「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」を唱えているらしい。
悟り、なるものを遂げた人は、山の中をひとりで笑いながら走っているという話もある。

桜の葉も散り、しかしもう芽が、春の準備をしている…

posted by かめ at 06:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

ありがとう


いちばん(だと思う)イイなあ、と思えるのが、「ありがとう」という言葉。
ありがとう、ありがとう、ありがとう、と、ずっと言い続けて、日々を暮していたら、また違うものも見える気がする。

posted by かめ at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

意識


自分が生きている意識があれば、生きているんだろう。
死んだ意識をもてば、死んだのだ、と言えれば楽だなあ。

posted by かめ at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

わざとらしさ


技とらしさ、と打てば、何やら納得が行く。
わざとらしさ、と打てば、何だかヤラシイ。
下らないことである。
下らなくないことが、あるだろかとも思う。
どうだっていい。
どうだってよくないことに、溢れてるとも思う。

鏡がある。
子どもの頃、鏡から見て、右手は左手なのか。
鏡ではない、自分から見て、左手は右手なのか。
真剣に、分からなかった。

今も、根っ子は同じだ。
ふたつの右と、ふたつの左がある。
その合間に、私、いる。

posted by かめ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする